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路傍の雑草

 郊外に行くと、舗装の隙間から伸びた雑草が風に揺れている風景をよく見かける。駅前などを整備したのはいいが、メンテナンス経費を見込んでいなかったのか、高く伸びたエノコログサが風にゆらゆら揺れているのは、何とも侘しい風景である。野道の脇に生える雑草は風情だが、舗装道路に繁茂する雑草はただ汚いだけだ。そんな手抜きをするなら、初めから舗装などしなければよいのである。

 この辺りでは、民家の前も通学路も、舗装の隙間から当たり前のように雑草が逞しく伸びている。自然豊かといえば聞こえはいいが、詰まるところ、行政にも住民にも、まちづくりという観点が希薄なのだろう。自宅の近くぐらい除草すればよさそうなものだが、玄関前の道路が綺麗に掃き清められているのを見かけることはほとんどない。

 もちろん舗装の際は隙間のないように舗装材を敷き詰めるのだろうが、施工後の冷却や乾燥あるいは寒暖の差で縮むのであろうか、舗装の端に隙間ができてくる。田園地帯ゆえ、雑草の種には事欠かない。その一つが隙間に落ち、住めば都と隙間に根を張りグングン葉を伸ばすのである。

 通学路の雑草が放置されているのを見る度、父母会や地元の町会は何をしているのだろうと訝しく思う。子供が雑草と戯れるというのならいざ知らず、残念ながら、この辺りの子供は都会の子供同様路傍の雑草などには目もくれない。そういう環境の中で育った子供は、吸い殻などを平気で捨て道路を汚しても気にならない大人になるのではあるまいか。大人たちが休日を返上し雑草を抜いて公共の道路である通学路を綺麗にしているところを子供に見せるのは、百の説教より教育的効果は高いのではあるまいか。

 昔のドラマなどを見ると、主婦が自宅の前を掃いている場面がよく出てくるように思う。家が建ち並んだ都会では、近所への気兼ねもあるのだろう。家人を送り出してから、竹箒をもって自宅の前に落ちた落葉やゴミを掃き、隣近所の人と世間話をするというのが日課のようだ。しかし、この辺りではそうしたことは皆無である。

 我が家の前の道路にも隙間があり、毎夏、雑草が伸びてくる。目立ってくると抜くのだが、1,2週間もすれば元の木阿弥である。この道路は農作業車がよく通るので土を落としていく。そうした土が雨で流され、舗装の隙間に溜まることも雑草発生の要因になっていると思われる。以前は、道路の端から端まで(100メートル弱)除草していたが、隣地に家が建ったので、今は自宅の前だけにしている。しかし、それでも度重なると負担が大きい。そこで、隙間にパテを埋めてみた。根が残らないように除草し、隙間の土を水で洗い流してから、非硬化性のパテを埋めていく。非硬化性だから新たに隙間ができる可能性は低い。パテは灰色だが、直ぐに埃が付いて目立たなくなる。1年間の実績では、雑草の発生はほぼ抑制できた。

 道路の雑草発生は都会でも同様だろうが、田舎では畦などがあるため発生頻度は格段に高いだろう。しかし、舗装の仕方に特段の違いはなさそうだ。自宅前の道路を再舗装する際、工事業者に尋ねたところ、特別なことは何もしていないようだ。行政の発注も、雑草発生を抑制する工事法にインセンティブを与えるような入札にはなっていないらしい。地方行政は、こういうところが実に解せない。まちづくりという観点から見れば、綺麗な道路をコストを掛けずに維持できるような構造を考えるべきだろう。もし地元の業者がそうした方法を考案すれば、他の地方都市にも技術を売ることができるだろうから、地元産業の活性化にも繋がるだろう。また、これからは自動運転車が公共交通機関になるだろうが、その際、路肩が明確に工事されていないと、実施は難しくなるだろう。雑草が生い茂っているようでは、時代から取り残されるばかりである。

 50年先、100年先に実現したいまちを想定して、行政を進めていくべきだろう。


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